『愛』とは何だろう
こんばんは(^^)
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最近、ちょっと思うことが出てきました。
それが『愛』とは何だろうということ。
小池先生のセミナーや、本でもよく書いてある『全てはそこに愛があるから』という言葉。
それについて考えていて、『そもそも愛とは何だろう?』という哲学的な発想に行き着いたっていう(笑)
愛って、色々な形がありますよね。
恋人、配偶者などのパートナー愛。
家族愛(親子愛も含む)
(同性異性、年齢問わず)友人・仲間への愛
会社内などでの上司への尊敬、部下への愛
全く見ず知らずの人への愛(親切心)
人だけではなく、物への愛もあります。
そして、これが『愛である』と形にして見せられないから、すれ違ったり、ぶつかったり・・・
親子であれ、パートナー愛であれ、友人への愛であれ、与える側が大いに愛として与えても、受け取る側が『愛情』と認識しなければ、すれ違いの原因になります。
愛なんて幻、という人もいます。
まず、『愛』とは言葉の始まりであり、言葉の中で一番大切なものだと思います。
言葉(50音順)は『あいうえお・・・わをん』と始まり繋がっていきます。
あいが一番最初です。
斎藤一人さんの話しの中で、去年くらいに聞いて、今になってようやく理解出来ました。
そして、愛とは、人間そのものなのではないかと漢字から思います。
『愛』という漢字は、頭部を首や肩が支え、胴体(冠)の中に心臓(心)があり、下はしっかり足で立っているように捉えられます。
実際、『愛』という漢字の成り立ちを調べると、頭を一所懸命に巡らせる人、心(心臓)、足の象形であると出ます。
そのことから『大事・大切にする、好きな気持ちが相手に及ぶ』ことを意味する漢字として成り立ったと書かれています。
僕の答えは75点くらいですかね(笑)
ちなみにですが、恋というのは新字体で、旧字体は『戀』と書きます。
都々逸に『戀という字を分析すれば、愛し愛しと言う心』というのがあります。
笑点でも昔、使われましたので覚えている方もいるかもしれません。
愛という字は真心で恋という字にゃ下心、なんて桑田佳祐さんが歌っていたり(笑)
ただ、実際のところ、愛も恋(戀)も相手を愛おしく思う気持ちというのは変わらないんですね。
恐らく、意味としては異性への気持ちと出てくるんでしょうが、相手を愛おしく思うという意味では、性別も生まれや育ちも、間柄も関係ないと思います。
誰かを大切に思う気持ち、誰かの幸せを本気で祈る気持ち、誰かの笑顔や嬉しいという気持ちを願う気持ちが、本当の意味での『愛』なのかなと思います。
もちろん、誰かの中には『自分自身』も含まれます。
哲学的なブログだこと(笑)
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