自由とは何だろう

こんばんは(^^)

さて、連休も後半ですね!

ようやく、超無理して取った3連休に入りますよ、僕も!

 

さて、今日はまたちょっと難しい話題を。

 

嫌われる勇気からチョイスしました。

 

『自由とは何か?』

 

いきなり壁にぶち当たりそうな話題ですね(笑)

 

自由とは何か。

 

自由、とても抽象的でなおかつよくも悪くもとても使い勝手の良い言葉に聞こえます。

 

恐らく、大体の人の答えとしては『好きに生きる』とか『やりたいことをやる』というイメージではないでしょうか?

それとも、あらゆる責任から解放された状態、という答えか・・・

 

自由の反対は責任、という事を結構前に何かで見た気がします。

 

でも、それ、違うと思います。

 

『自由とは、その選択によって起きた結果による全責任を自分で持つという覚悟の上に成り立つもの』

 

だと僕は思います。

 

つまり、良い結果であれ、悪い結果であれ、それは自分の責任において起きたことと認めた上で、こうする、ああするを決めることだと思います。

 

自由の反対どころか、自由の手前に責任はあります。

 

ああする、こうする、悪い結果になった時に『環境のせいだ』(環境じゃなくとも〇〇のせいだ)というのは『自由』とは言わない気がします。

 

一番しっくりくる言い方は『身勝手』だと思います。

 

ああする、こうする、悪い結果になった時に『どう改善すれば良いのか』を考えるのは自由だと思います。

 

自由には必ず責任がついて回るのではないでしょうか。

必ず自分の責任において、選択をしている、だからどうなろうと自分の責任においてなんとかする。

の覚悟の元の選択が『自由』だと思います。

 

ちなみに、嫌われる勇気の中のやり取りに、アドラー派カウンセラーはクライアント自身が変わるか変わらないかは、クライアントの問題であり、カウンセラーの問題ではない、という一文があります。

それに対し、そんな無責任な、という返答をするという部分があります。

 

変わるか変わらないかは自由です。

その選択の結果を受け入れるしかないですし。

変わらないから違うカウンセラー、は時間と労力とお金がちょっともったいない気がします。

 

でも、カウンセリング技術やセラピー技術の段階ではない僕も、これは真っ当ではないかと思います。

 

他人を変える、これはそもそも無理な話です。

 

ちなみに、他人を変えようとして怒鳴ったり泣いたり、この結果、多分行き着く場所は容易に想像できると思います。

 

『価値観の違いから別れる』が一番多いかもしれません。

男女だけじゃなく、あらゆる関係でです。

 

僕もそんな感じでした。

 

あの人が変わってくれたら、あの人が変わらないから。

 

自分が変わるのが嫌で、上手くいかないという目的を達成するための言い訳です。

上手くいかないのはあの人のせいじゃありません。

自分のせいです。

 

自分の人生、自分の責任において、自由を手にしましょう!

 

お陰様です。

ありがとうございます。

幸せです。

豊かです。