『正しい』か『間違っている』かは紙一重
おはようございます(^^)
いや〜、久しぶりの関西を満喫?しております(^^)
まっ、ただの遠征なんですが!
僕も早く、講演会やセミナーで全国回りたいと強く思う今日この頃。
やること、自分自身にもっと向き合わねば。
それはさておき、ふと湧いてきたことを書きますね。
『正しい』『間違っている』
人間は必ずどちらかに『答え』を出そうとします。
『二元性』の一つだと僕は思います。
二元性とは、『一つの事柄に対して二つの要素で捉えること』
善悪、光と陰、正と邪などが例えに出されます。
光と陰。
これは『光があるから陰が出来る』と捉えられます。
しかし、逆に『陰がなければ光は見つからない』とも取れます。
善悪。
『片方が善ならもう片方は悪である』と捉えられます。
しかし、『悪であると決めつけているだけで、本来はニュートラルである』とも言えます。
例えば。
人に困っていたら手を貸したり話しを聞くのはいいこと(善)で、人が困っていても知らんぷりするのはダメ(悪)だ。
確かにわかります。
ただ、話しを聞いてアドバイスした上で、あーでもないこーでもないと言い訳されて結局その人が悩み続けることもありますし、全く別の解決法を導き出すこともあります。
すると、今度は『アドバイスを受けて素直にやるのは良い(善)こと、そうじゃないやり方をやるのはダメ(悪)』と・・・
決めようとするの好きですね(笑)
僕もそうでしたが・・・
これがジャッジなんですね。
ジャッジしない。
ということは、ありとあらゆることを全て実行に移す。
そこに善悪も正誤もないということ。
正しい、間違っている、善悪を決めるのは『その人の主観』です。
で、あるならば、様々な可能性を考えて受け入れる。
正誤のジャッジをするのは、その人それぞれの主観です。
それも否定せずに受け入れる。
全てがニュートラルです。
今日も短いですが、この辺で!
お陰様です。
ありがとうございます。
幸せです。
豊かです。
皆さんの今日という日に、おめでとうございます!